『償いの雪が降る』

年末恒例のランキングとは無縁の読書生活を送っていますが、それらを否定してはいません。思うところがあり、アレン・エスケンスの『償いの雪が降る』を読みました。

まず感じたのは、著者の若さです。余計なことは書いちゃいられない、最終地点に向かってまっしぐらという気概が横溢しています。

達者な作家なら計算が入り込み、読者に手に汗握らせるべく、もっと書き込んで書き込んで、読み応えたっぷり分量もたっぷりとなっていたはずです。

この作家は、この章ではこのエピソード(だけ)を書くという姿勢を貫きます。そして、一編の長編小説という枠のなかでのその分配が適切なので、読んでいて物足りないとか進行具合が性急であるといった引っかかりがありません。

ミステリーとしての出来とともに、ここは評価されて然るべきだと思います。

内容については触れませんが、一つだけ。物語の序盤、主人公の青年に感情移入しにくいかもしれません。これは、著者が彼を「どこにでもいる、決して特別ではない若者」としたかったからだと思います。『機動戦士Ζガンダム』で、アムロというヒーローに憧れ、自分も同じようになりたいと願いながら、能力がなくてなれない現実を受け入れられずに好き勝手をしていたカツ(=平凡でその他大勢の一人に過ぎない自分)を視聴者が嫌ったのと同じ構図です。

その主人公が飲み屋でアルバイトをしていて、酔漢を店の外に追い出すための技術を身につけているのが個人的にはポイントが高かったところです。彼は、それを大切な人の名誉を守るために使うことを躊躇いません。読んでいて、大藪春彦五木寛之の対談、その中での五木寛之の、大略「暴力は(社会的地位や金といった身を守るものを)待たざる者にとって最後の武器ではないだろうか。その点で、暴力を否定できない」という発言を思い出しました。

誰もが“何か”を抱えて生きています。そのわたしたちに「天国はこの世にも存在しうる」と語りかけてくれる作品を読めて良かったと思っています。

償いの雪が降る (創元推理文庫)

償いの雪が降る (創元推理文庫)