『ニセモノの妻』

現在の日本と似ているけれど少し違う世界、架空の国を舞台に、現実とは違う常識、価値観に基づいて暮らす人々を描く三崎亜記の作品を読むと、わたしたちが常識として疑わない価値観の脆弱性を思い知らされます。その逆説的なリアリティが魅力の作家です。

その作品を文庫で追いかけているので、単行本から文庫化の時間差があって最新刊と言うことは出来ませんが、この数年の作品には共通項があるように思います。それは“喪失の物語”ということです。

小泉純一郎が「破壊なくして創造なし」と叫んで以来、スクラップ&ビルドという言葉は人口に膾炙し、その態度は前向きと評価されるようになりました。しかし、人の心は違います。何かを失うことで傷ついた心は、それに代わるもので埋め合わせて簡単に元に戻るというものではありません。

以前、山に登ったとき、落雷で裂かれるように折れた木を見たことがあります。その木が、折れたところから再び伸びることはありません。しかし、木自体は死んではおらず、根元から新しい芽を出し、再び天を目指します。

人の心も同じではないでしょうか。喪失の物語の行間に、その厳しくも優しい眼差しを感じます。

何故、三崎亜記は喪失(と再生)の物語を書くようになったのでしょうか。それは言うまでもありません。その覚悟を持って書かれた作品は読むに値します。

ニセモノの妻 (新潮文庫)

ニセモノの妻 (新潮文庫)