受け継ぐ

森絵都の『みかづき』を読みました。学習塾を舞台にした親子三代の物語です。

この物語の根底にあるのは“受け継ぐ”ことです。それは社会的立場や地位のことではありません。想いです。教育に対するものであれ、家族に向けたものであれ、その想いが人の心を揺さぶり、駆り立てます。

そのとき、その人の物語は当人一人だけのものとして完結することなく、他人に、なかんずく次の世代に引き継がれ続いていきます。それこそが生きる醍醐味ではないでしょうか。

戦後の民主主義教育を否定する意見が多々見られる時代ですが、それは昨日今日に始まったことではなく、戦犯とされた人たちが公職に復帰した頃から国家主義への回帰が懸念されていたことに驚きました。この作品は、その傾向に否を唱えます。教育は、子供をコントロールするためではなく、不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあると。

毎年、読書週間になると、若者の本離れ、活字離れが嘆かれますが、翻ってみれば、その親たち祖父母たちは本に親しむ生活を送っているでしょうか。そういう姿を子や孫に見せているでしょうか。嘆いてみせる態度とは裏腹に、それは政治に携わる人たちにとっては歓迎すべき状況でしょう。『みかづき』の柔らかい語り口の裏に潜む、反骨の牙。

みかづき (集英社文庫)

みかづき (集英社文庫)